奥松島縄文村歴史資料館へ | Nozomi TANAKA 奥松島縄文村歴史資料館へ – Nozomi TANAKA

 

     
奥松島縄文村歴史資料館へ

塩竈での展示に向けて、「塩」について調べている。
先月になるが、5月26日、奥松島縄文村歴史資料館の菅原館長に「塩作り」についてお話を伺いに行った。

 
事前に私からは、「塩づくりの過程とその利用において、塩竈周辺の地域は他の地域とどのような関わりがあったのか」について関心があり、詳しく知りたい。以前、宮本常一の『塩の道』を読んで、塩に焦点を当てることで見えてくる、山の民と海の民の関わり合いや、交易品として他のものと交換される、という営みがあることを知り、塩釜周辺の塩に関わるネットワークから、この土地の成り立ちについて考えてみたい。という質問を投げかけていたのだが、今回、考古学の視点から捉えた塩の文化について教えて頂き、いろいろ考えが改まった。
「塩分」はたしかに生命を維持するためには欠かせないものであるけれど、縄文時代に浜に暮らしてきた人々は、動物の血や肉・骨髄などから塩分は摂取できていたのだろうとのこと。大変な労力をかけてまで、「海水を土器で煮詰める塩作り」を行うだけの理由は、自家消費というよりも、山のムラとの交易品として、また保存料として必要とされていたものと考えられる。なんと松島湾の製塩土器は、山を越えた山形県の遺跡からも発見されているという。さらに、縄文時代まで遡れるという塩作りの歴史も、連綿と続いてきたものというわけではない。古墳時代の製塩遺跡が確認されていないことから、少なくとも弥生時代後期ごろには行われなくなっていると考えられるという([参考:奥松島縄文村歴史資料館『縄文の塩作り』冊子])。しかし途中で途絶えつつも、古代になると、とくに平安時代には盛んに塩作りが行われるようになっている。これには、その時代の政治的・軍事的な要請というものが背景にある(例えば、松島湾沿岸で盛んに塩作りが行われたのは、朝廷と蝦夷の戦いが激化した時期にあたり、朝廷による東北経営とこの地域が深い関わりがあることを示している [参考:文化庁編『発掘された日本列島』2017] )。
今回お話しを伺って、塩竈に関わる塩作り文化の複層性を知ることができたような気がする。それは、「縄文人にとっての塩作り」、「国府としての塩作り」(「鹽竈神社の塩作り」もここに入る?)、「仙台藩の塩作り」、などであるが、そのほかに「日本塩業革命後の塩作り(イオン交換膜式製塩)」がこの地域になにかしらの影響を与えたのかも気になる。
まとまりのない感じになってしまったが、つまり今の段階ではまだまだ作品となる筋を見つけるには至っていないということです…。
来週は塩竈で塩作りをされている方のもとを訪ねる機会を得られたので、何かしらの進展がありますように(焦)。

 


 

 
ちなみに奥松島縄文村は野蒜駅から徒歩で行った。もしかしたら震災前に車で通ったことがある道かもしれない…と、何となく見覚えのあるような気がしつつも、まっさらに何もなくなってしまった風景が続いていた。野蒜駅からは歩くと一時間ほどかかる道のりだ。道路は工事用の大型ダンプが往来するし、太陽が照りつけるしで、木陰や休憩場所などがあるはずもなく、歩くのは慣れているけれどこれはちょっと大変かも…と思い始めていたところ、白い軽トラが私の横に止まった。
運転手のおじさん(70代くらいか?)が声を掛けてきた。どこへ行くのか?と聞かれ、奥松島縄文村です。と答えると、同じ方向だから乗ってけ、と拾ってくださった。こんな風に拾われたことは始めてだったけれど、躊躇なく乗り込ませてもらった。乗るやいなやおじさんが語り始める。「この辺はなにもなくなってしまった」。私は「この辺りにもお家があったんですか?」と訊ねる。「この辺もずっと集落があったんだ。俺は百姓をやってて、でも震災があってからやめたんだ。大変になったから。何にもなくなってしまったんだ。ガスもなにも止まって。震災から1ヶ月経ってやっと、人のうちでお世話になって風呂に入れた時のことが忘れられない。お礼にコンブを持っていった」。こんなことをずらずらと語り始めた。もう何度も、震災の時の話を誰かと話してきた方なのだろうと感じた。私はたまたまこのおじさんと出会って、話を聞かせてもらった人の何人目かなのかもしれないと思うと同時に、「誰かにこのことを話したい」というおじさんの想いを感じた。
10分もしないくらいで目的地に到着した。おじさんは耳が遠くて、じつは私の相槌や質問はほとんど聞き取れていなかったみたいだ。連絡先とお名前を聞かなかったことが悔やまれる。何かの拍子にまた出会えたらいいな。

 


Date: 06/09/2018 | Category: フィールドノート|地域 | Name: Nozomi TANAKA