塩竈取材(権現堂・秡川) | Nozomi TANAKA 塩竈取材(権現堂・秡川) – Nozomi TANAKA

塩竈取材(権現堂・秡川)

先日訪れた際、歩きながら気になったのが、赤坂〜権現堂周辺。
今回も再びこの周辺を歩いてみた。

権現堂は、車も通れないような歩きがいのある路地。井戸がある古い民家もある。
石碑によると、権現堂という地名は、かつて熊野権現神社があったことからついた名だという。
「権現堂山、権現山、念仏担(ねんぶつたん)といわれる丘陵。中世に創建されたと考えられる熊野神社が鎮座し、かつて熊野権現様とよばれていたことが地名の由来。権現堂低区浄水場のほか、昭和7年(1932)完成の高区浄水場がある。」(石碑文より)
先日立ち寄った丘の上の熊野水神社が、かつての熊野権現神社だったようだ。



権現堂の麓には沢が流れていて、沢のそばにはひっそりとお不動さん(波切不動尊)がある。このお不動さんの前を沢沿いに北上すると、県道3号線と交わる地点に「秡川」の石碑が建てられている。秡川は道路整備のため暗渠となり、今は見ることができない。この石碑のすぐ近くにある「金谷豆腐店」さんに立ち寄り、お話を伺った。
お話を聞かせて下さった男性は昭和20年生まれ(現在70歳とのこと)。お豆腐屋さんは、男性のお父さんがこの場所で始めた。その後跡を継いで、現在で創業65年目ほどになるらしい。

左側の一段低くなっている大きい道路が県道3号線。電柱の脇を通る細い路が、かつての道路で、お不動さんのある細道に繋がっている。
かつては県道のあたりには民家や田んぼが広がっていて、現在の歩道のあたりに秡川が流れていた。秡川の水は田んぼや畑に引くなどして使っていたのだそう。夜はカエルの大合唱でうるさいくらいだったという。
 
帰ってから調べてみると、「秡川」は水源を泉沢に発し、海に注いでいた。「古くは江尻付近まで入江が入り込んでいたとされるが、近世になると埋め立てがすすみ、埋め残された入江の海面がこの川になった」(『新訳 奥鹽地名集』p105-106より)
また、秡川の源流は、「森郷境ほった沢」といい、現在の泉澤にあたる。
  
その後、渡辺誠一郎先生にも「塩竈の水の利用」について伺うと、塩竈は水を得るのに大変苦労した土地だったそうだ。赤坂〜権現堂で井戸のあるお宅を見かけたので井戸についても伺ってみたが、海が近いため飲料に適した水はほとんどでなかったという。
 
塩竈の七清水については→https://www.city.shiogama.miyagi.jp/suidosomu/kurashi/suido/gaiyo/rekishi.html


Date: 06/27/2018 | Category: フィールドノート|地域 | Name: Nozomi TANAKA