塩竈取材・京都編(塩竈神社と鹽竈神社) | Nozomi TANAKA 塩竈取材・京都編(塩竈神社と鹽竈神社) – Nozomi TANAKA

 

     
塩竈取材・京都編(塩竈神社と鹽竈神社)

7/2-4にかけて、京都市立芸術大学ギャラリー@KCUAにて開催された映像ワークショップに参加するため、京都に行って来た。
「そういえば塩土老翁神は西の方からやって来たんだよな…」と思い、京都の塩竈神社をGoogleで検索してみたところ、ちょうど宿泊先のドミトリーの直ぐ近くにあるではないか。最近、塩で頭がいっぱいだったので引き寄せたのかもしれない…。さっそく見て来た。
 
京都の塩竈神社は、観光客で賑わう錦市場の東側、錦天満宮の境内にあった。以前京都を訪れた時に参詣したにもかかわらず、その時は全く気がつかなかった。
 
 

 

 
 
錦天満宮 由緒沿革(HPより引用)

“当天満宮は平安時代前期の十世紀初頭、学問の神となられた菅原道真公(菅公)の生家『菅原院』に創建されました。
菅公薨去の後、菅原院は『歓喜寺』と寺名に改称、その後、嵯峨天皇の皇子源融公の旧邸六条河原院に移山※1、塩竈宮を鎮守に天満大自在天神をお祀りしました。(※1)寺院が他の地に移転すること
三百年後、この地は、後に、時宗道場、歓喜光寺と称される京都八幡の善導寺に寄進され、同時に、歓喜寺(菅原院)は『天満宮』に改められ崇敬、奉祀されました。
当錦天満宮は歓喜寺に由来しており、又、菅公聖跡二十五拝※2の第二とされるのはこの伝承によるものです。(※2)菅原道真公を祀る天満宮の中で、特に由緒の深い二十五社
そして、「歓喜光寺」の創建から274年後、桃山時代天正年間に行われた豊臣秀吉の都市計画によって、時宗四条道場としても有名な「金蓮寺」の敷地に移転。以後400年余、「錦天満宮」として同地に鎮座しております。このような歴史の中、享保十四年(1729年)には前関白輔実公の申請で唐破風獅子口を許され、明治五年(1872年)には神仏分離令によって社が独立。「歓喜光寺」は東山五条へ(後に山科へ)と移り、残された神社は、同年、新京極通開通の際に社地を縮小し、現在に至っております。”
  
 
境内を進むと、正面から向かって左手に塩竃神社があった。これに並んで錦天満宮の末社として、他にも日之出稲荷神社、白太夫神社、七社之宮が祀られている。
 
 
 
 
 
こちらの塩竈神社の由緒沿革は次のようになっている。
 
“塩竈神社  御祭神:源融公(みなもととおるこう) 御神徳:安産
光源氏のモデルとされる源融公の六条河原院にあった公邸跡に歓喜光寺が創建された際、源融公を御祭神とし、創祀されました。その後、秀吉公による都市改造で、天満天神(後に天満宮)とともに現在の場所へと移されました。”(『錦天満宮』冊子より引用)
 
 
こちらの塩竈神社の御祭神は塩土老翁神ではないようだし、安産のご利益があるとしかなく、製塩については触れられていない。塩土老翁とは誰なのか?
もう少し詳しく知りたいと思い、こちらの塩竈神社の由来についてお神子さん(らしき女性)にたずねてみる。「こちらの御祭神は源融公。私は詳しくないのでよく分からないが、製塩との関係は聞いたことがない。こちらの塩竈神社は安産祈願としておまつりされている。いろいろと研究されている方がいるらしいので、資料など探された方がよいと思います。」と教えて頂いた。
お話を伺ってから再度確認してみると、確かに安産祈願のお札が並んでいた。
 
 

 
 
塩竈の鹽竈神社も安産の神として名高いとされているけれど、『鹽竈神社』のなかで押木耿介氏は、安産の神としての展開をみるのは近世の庶民信仰としてであると述べている(p.205)。「塩は生命の維持に不可欠なものとしての象徴で、塩=潮とのかかわりが出産における海潮の干満に関係あるものとして、安産への信仰が生まれるのは必然的なものであった」(同上 p.205)。「古くから、左右宮が武神として『みちのく』の支配者たちの崇敬を集めたのにたいして、別宮は塩をつくる土着民の心の糧となり、あるいは漁の神として三陸地方の漁民の信仰を集め、現代では安産の神として広く知られている」(同上 p.206)。
 
また、同書の冒頭で押木氏は、鹽竈神社の祭神に関しては諸説あり、「中世においては名前も明らかでない老翁であり、あるいは武甕槌神であり、また仲哀天皇の御孫である」(同上 p17)などとはっきりしないことを挙げている。正式に(?)塩土老翁神であるとされたのは1693年、伊達綱村によってであるから、京都の塩竈神社と祭神が異なることも不思議なことではないのかもしれないが…
 
源融のことは正直あまり関心を持てずにいたが、ここに来てとても気になる存在になってきた。世阿弥の「融」についても調べてみたい。


Date: 07/06/2018 | Category: フィールドノート|地域 | Name: Nozomi TANAKA