肘折温泉-ひじおりの灯のためのメモ(1) | Nozomi TANAKA 肘折温泉-ひじおりの灯のためのメモ(1) – Nozomi TANAKA

肘折温泉-ひじおりの灯のためのメモ(1)

5月、今年で13年目を迎える「ひじおりの灯」(https://hijiorinohi.com)の取材のために、肘折温泉を訪れた。
ひじおりの灯とは、2008年、肘折温泉開湯1200年の夏にはじまったアートプロジェクトだ。
温泉街の各旅館・商店の軒先に、ここでの取材を元に制作された各作家の絵燈籠が飾られる。
自分は2012年に初めて参加し、今年で6回目の燈篭絵制作。
(2017年に制作した燈篭絵→https://hijiorinohi.com/artist2017/tanakanozomi.html

以下、制作のためのメモ。
 
 
プロジェクトへの参加を通して、エネルギーの利用だったり、自然・地理的な特徴、湯治場がもつ場の力、コケシ、おばあちゃんの語りを通して見る肘折、みたいな感じで毎回テーマを設けて描いてきたけど、「肘折の開湯縁起」については、じつはよく考えて来なかった事に気がついた。
観光案内などでもおなじみの由来縁起は以下のような内容である
(最上地域観光協議会ウェブサイトより引用 http://kanko-mogami.jp/index.php?page_id=81
  
“ 肘折温泉の発見は、今から約千二百年ほど前、大同二年(807年)平城天皇の時代とされ、第百代後小松天皇の御代明徳二年(1391年)の正月二日に、初めて温泉場として開業しました。発見にまつわる伝説も興味深く、“昔、豊後の国(大分県)からきた源翁という老人が山中で道に迷い途方にくれていたところ、後光きらめく老僧に出会った。”というようなことがらが縁起書に記されています。この老僧こそが地蔵権現であり、かつて肘を折って苦しんでいたときに、この湯につかったところたちまち傷が治った、と語り、世上に湯の効能を伝えるべく翁にいい渡したとされています。以後、近郷の農山村の人々が農作業の疲れを癒す温泉場として、また骨折や傷に有効な湯治場としてにぎわってきました。また、老僧が住んでいた洞窟は“地蔵倉”と呼ばれるようになり、今では縁結びの神として参詣が絶えません。 ”
 
 
温泉街にも同様の縁起が書かれた看板がある。

  
  
 
肘折について知るために何度も読んだはずの文章だけど、そもそもこの由来縁起がどうしてこのように書かれたのか?という疑問を持たずにいた。由来縁起には諸説あると言われながら、なぜこれが採用されているのか?温泉自体はもっと古くから自噴していたんじゃないかと想像するが、なぜ大同2年に発見されたと書かれているのか?源翁とはだれか?
(数年前の自分ならこういう疑問は持たなかったと思うけれど、民話の会の小野さんに出会ってから、「そもそもこれはどういうことなのか」という視点をもつことを教えられた。)
そういう視点で改めてこの由来縁起に触れてみたいと思った。
 
少し話が飛ぶけれど、去年くらいから、宮城県内の山や寺社を訪れるなかで、その創建に、坂之上田村麻呂や東夷征伐が関わるものがあり気になっていた。それで、改めて征夷の歴史を学び直していて、そこに出てきたのが「大同」という年号だった。
大同年間の創建を伝える寺社は各地にあり、それは征夷との関わりがあるらしい。
朝廷と蝦夷の争いは774ー811年にかけておこり、これを「三十八年戦争」と呼ぶ。大同年間は806−810年までの期間のことで、この戦争の末期にあたる。蝦夷は坂之上田村麻呂を征夷大将軍とする「第三次征討」によってほぼ制圧される(らしい。まちがってたらすみません)。
 
では、肘折温泉はどうなんだろう?
伝説では、肘折温泉が発見されたのは大同2年(807)、豊後の国(大分県)からやってきた源翁という人物によってとなっている。
しかし、肘折地区の方やそのあたりの歴史に詳しい人からは、弘法大師による開湯説もあると聞いている。(翁が出会った老僧=地蔵権現が弘法大師)
  


▲地蔵倉への道中にある弘法大師の石碑

ちなみにこの石碑は大正2年の建立で、火災で焼失していた地蔵倉が建て直されたのと同じ年(地蔵倉までの道中を案内してくれたほていやの店主に教わった。大正のはじめは財政が潤っていたのでしょうか…。)

自分が思うに、「東北」へのアプローチの仕方について、ひとつは「東北をいかに描くか」ということと、もうひとつは「そもそも東北ってなんなのか」ということがあるかと思うけれど、この後者について関心がある。大同年間の描かれ方を探ることを通して、東北がどんな風にまなざされ、作られてきたのかを、肘折(や関係する地域)での実体験から、自分なりに考察してみたい。というわけで、これを今回の燈篭絵のテーマとしようと思う。


Date: 06/06/2019 | Category: フィールドノート|制作|地域 | Name: Nozomi TANAKA