岩手山〜鉛温泉〜遠野(岩手山1日目) | Nozomi TANAKA 岩手山〜鉛温泉〜遠野(岩手山1日目) – Nozomi TANAKA

岩手山〜鉛温泉〜遠野(岩手山1日目)

9月15日から16日にかけて、遠野の早池峰山岳会さんが山小屋管理のため岩手山に登るということで、ご一緒させて頂いた。早池峰山岳会さんとは、今年の5月、早池峰山開山祭でご一緒して以来2度目の山登りだ。山小屋管理では、小屋に一泊して、荷揚げ・山小屋の清掃などを行う。
出発の前日は夜22時まで勤務があり、帰宅してから就寝したのが24時過ぎだった。朝はなんとか5時前に家を出発し、高速をひた走り、7時半ころに滝沢市の馬返し登山口に到着した。
山岳会の皆さんとの再会を喜ぶのも束の間、荷揚げの薪をリュックに詰め込んでさっそく山に入る。今回の荷物は9kgくらいか。「きれいな形の山ほど登るのは大変なのよ」という言葉の意味を考えながらもくもくと進んだ。山に入る高揚感で足取りは軽い。

岩手山は標高2,038m。岩手県の最高峰で、その山容から「南部片富士」とも呼ばれる。雲が晴れた状態で見れたのは今までで2〜3回くらいしか記憶にはないが、くっきりと見えた時には本能から「こわい」と感じるくらいに、大きくで美しい山だ。古くから信仰を集めた霊山でもあるが、現在に伝わる「岩手山信仰」の起源には、延暦〜大同年間の朝廷による東夷平定が関わっているらしい。

 

岩手山信仰の背景と修験

岩手山(旧名巌鷲山)は霊山として,古来信仰を集めた。その背景には延暦年間の坂上田村麻 呂の東夷平定と巌鷲山が結びつけられて,山自体を神格化して巌鷲山大権現として信仰されたことにある。阿弥陀・薬師・観音を本地としている。山頂には奥宮が置かれて,柳沢口(表口)・ 雫石口(南口)・平笠口(北口)の 3 つの参詣登山道があり,それぞれの登山口に遥拝所として 新山宮が建てられた。江戸時代には盛岡藩主南部氏からの信仰も篤く,1644(寛永 21)年のお 山開き以降,柳沢新山宮まで藩主代参「三十三騎詣り」の行事が続けられていた(9)。 雫石口は円蔵院(本山派)・平笠口(上坊)は大蔵院(本山派)が別当であったが,柳沢口は大 勝寺(羽黒派),自光坊(本山派),篠木別当斎藤家(吉田社家)が厳鷲山大権現別当の権利を争 っていた(10)。厳鷲山大権現は新仏分離令により岩手山神社と改称されている。

(引用:中嶋 奈津子『岩手山神社山伏神楽の近現代 ──なぜ,神楽は継承できたのか──』

 

 

今回登る馬返し登山口(標高633m)は古くから信仰登山の表参道として使われていたらしい。
(ルート詳細⇨https://www.env.go.jp/park/towada/hachimantai/course/course_007/index.html
一合目に小さな祠があり、石で作られた権現様の頭が納められていた。

 

 

しばらくしっとりとした森の道を進む。しかしこの一合目までが異様に長く感じる。すでに汗がびっしょり。


 

 

 

 

 

 

3合目〜4合目あたりから森が終わり、この先長く続く過酷なガレ場に入る。森を抜けて視界が広がると、高い山に来た高揚感が一気に増す。高山系の植物が見れるのも楽しい。ここを境に空間のあり方が変わるような気もする。里山とは明らかに違う、高い山ならではの空間。日常から、非日常に入るような感覚になる。

 

 

 

 

 

全体的に赤っぽい岩がゴロゴロしていてとても歩きづらい。

 

 

ウメバチソウ

 

チングルマ

 

モミジカラマツ(のなれの果て?)

モミジカラマツ(のなれの果て?)

 

ヤマハハコ

ヤマハハコ

 

 

いままで登山中に空腹を感じることはなかったけれど、六合目あたりから急に空腹感が出ててきた。ようやく七合目まで来て、休憩と行動食を補給。お鉢も見えてきて、八合目小屋までは10分もあれば着く距離。

 

 

 

 

11:55に8合目到着。7:55にスタートしたのでここまででちょうど4時間くらい。山小屋管理の当番で来ているので、前任者からの引き続きと、しばしの休憩。リュックと荷揚げの薪を下ろす。
8合目には水汲み場がある。

 

 

 

小休止の後、山頂に向かう。
ここもまたガレ場&砂地で非常に歩きづらい。また岩手山登るときはぜったいストック持ってこよう…。

 

 

 

 

9合目からは火口外周に入る。この「お鉢」にそって一定間隔で石仏が並んでいた。「お鉢巡り」は、山頂から火口を時計回りで巡るらしい。この石仏一つ一つに拝んで一周したりしたんだろうか?こんなにたくさんの石仏、いつ、だれが担いで来たんだろう?

 

「巖鷲山」と書かれている

 

石標のそばに権現様

 

 

30分ほど歩いて山頂に到着。途中胃のむかつきがひどく戻しそうになるがなんとか押しとどめる…笑

 

山頂は「薬師岳」という名前が付いているらしい。お鉢に並んでいる石仏も薬師如来像なんだろうか?

 

猪苗代湖

 

山頂から西方に見える屏風尾根(?)に雲がひっかかっている

 

 

薬師岳(山頂)から時計回りにお鉢を下り、岩手山神社奥宮へ向かう。

 

 

この岩の間から水蒸気が上がっている。一緒にいた山岳会の男性が、以前ここで焼酎を沸かしたと言っていたが…

奥宮の入り口

岩場に守られるように、小さな祠がある。

 

権現様がたくさん奉納されていた。顔はそれぞれ違う。いろんな地域の権現様が集まっているのかもしれない。

 

 

 

山頂から8合目小屋に戻り、山岳会のおかあさんたちは夜ご飯の支度を、私は売り物の手ぬぐいの袋詰め作業に。夜ご飯は具沢山の芋煮。おとうさんたちは酒盛り。

 

 

食後は外に出てみんなでお月見をした。星つぶに混じってすーっと動いている光点は人工衛星だと教えてもらった。酔がまわったおとうさんが「おれは山の上で飲むのが趣味なんだよぉ」と幸せそうに呟いた。

 

 

山のおとうさんたちの話には仰天させられる。若い頃は山頂で酒盛りをしていて、ツマミが無くなったら先輩たちから山の下までおつかいに出させられる事もあったという(コンビニもない頃の話)。一日で岩手山2往復とか体力おばけだ。「山の男たちなんて昔はむちゃくちゃだったんだよ」とは、下山してから聞いた話。

 

小屋の消灯は夜8時。みんな床に入った。小屋には我々含めて70名ほどが泊まっていた。就寝時は物凄いイビキや唸り声で動物園みたいだった。

 

2日目に続く>>


Date: 09/16/2019 | Category: フィールドノート|地域||岩手 | Name: Nozomi TANAKA