鳥海山麓で鮭の遡上観察+鮭の採捕作業見学 | Nozomi TANAKA 鳥海山麓で鮭の遡上観察+鮭の採捕作業見学 – Nozomi TANAKA

 

     
鳥海山麓で鮭の遡上観察+鮭の採捕作業見学

鳥海山を源流とし日本海へとそそぐ日向川と月光川では、10月下旬から2月にかけてたくさんの鮭(シロサケ)が遡上する。
日本の川で生まれた鮭は、雪解け水とともに降海し、オホーツク海、北太平洋、ベーリング海、アラスカ湾と、日本を遠く離れて北の海を回遊する。1〜3万kmもの海の旅を経て、およそ4年後、産卵のために故郷の川へ戻ってくるという。
 
この日観察に訪れたのは月光川水系の牛渡川。
 

全長3〜4kmほどの小さな川で、その水源のほとんどが川岸(鳥海山から噴出した溶岩の末端崖)のいたるところから湧き出す鳥海山の伏流水らしい。非常に澄んだ清流は、季節を通してその水温が一定に保たれていて(10℃前後)、梅花藻、カジカ、イバラトミヨなどの希少な生物が生息する。
 
 

▲梅花藻
 
 
 
▲カジカ
 
 
牛渡川の鮭の遡上は、10月中旬〜11月上旬(早生:わせ)と、11月下旬〜12月中旬(晩生:おく)の2つのピークがあり、5mほどの小さな川幅いっぱいに鮭が登ってくる。多い時は日に数千尾もの鮭がひしめいているそうだが、この日(12/17)はピークも終わりに近く、数十尾ほどがゆっくりと泳いでいた。
想像していたよりも大きい(6〜70cmくらい?)。青みがかった黒銀色のうろこがしなやかな鎧のようで美しく、「神様の魚」や「川の王」と呼ぶにふさわしい風格だと感じた。
 
採捕作業の見学に訪れた箕輪孵化場(箕輪孵化場では牛渡川に遡上する鮭を捕獲し、隣接する孵化場で卵を人工孵化させ、毎年放流している)では、「ウライ」(捕獲設備)に鮭を誘い込み、生簀の川底の柵を滑車で持ち上げて、タモで鮭を捕獲する。行き場をなくした鮭が暴れまわり、水を打つ音としぶきが一斉に上がる。捕獲された鮭は、「安楽棒(あんらくぼう)」というこん棒状の道具で頭を叩かれ絶命する。
 
 

▲ウライに誘い込まれる鮭
 
 

 

▲生簀の金属柵が持ち上げられる
 
 

▲川から持上げられた鮭。鱗が「ブナケ」と呼ばれる婚姻色になっている。
 
 

 

▲「安楽棒」で殴打する 
 
 

 

▲解体された鮭。エラは珍味らしい。
  
 

▲獲ったサケは寒風干にされる。
 

▲サケは開いて干されるが、お腹を切るのが縁起が悪いということで、一部を残して切る地域もあるらしい。
 
 
 

鮭の頭を棒で叩いて絶命させる方法は鮭漁の行われている地域ではどこでも見られる方法らしいが、棒の呼称は地域によって異なるという。この月光川周辺では「アンラクボウ」だが、例えば同じ山形県でも最上地区では「エビスボウ」、鮭川地区では「イヲタタキ」と呼ぶ(「イヲ」は「ウオ」の意かな?)。
(参考:http://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/~suga/papers/sakewomeguruminnzokutekisekai.pdf
 
呼称のほかにも興味深いのは、孵化場のすぐ裏の小山崎遺跡から「安楽棒」に似た遺物が出土していることだ。鮭はこの地域の人々にとって、縄文時代から重要な糧だったのかもしれない。数千年の長きにわたる付き合いのなかで、人は鮭に対してどのような関わりを持ってきたのだろう。鮭を叩くのに使ったかもしれない棒はいつから「アンラクボウ」と呼ばれるようになったのか。鮭を「神様の魚」や「川の王」と考え、それに関わる儀礼や伝説はどのように生み出されたのか。自然の中の生物としてのサケ。人間と関わることで意味づけられた文化の中のサケ。
 
敷地内には鮭の慰霊塔が建てられている。

年譜によると1976年(昭和51)に建立されたものらしい。これもまた文化の中のサケ。
 
 
 
今回の取材も岸本先生に大変お世話になりました。ありがとうございます。 
(参考:「湧水の川に回帰するサケ」「ゆざのみ 008」


Date: 12/17/2019 | Category: フィールドノート|地域 | Name: Nozomi TANAKA