【展覧会情報】百年の杜のアート「紫幹翠葉」(神宮の杜芸術祝祭)に参加します | Nozomi TANAKA 【展覧会情報】百年の杜のアート「紫幹翠葉」(神宮の杜芸術祝祭)に参加します – Nozomi TANAKA

 

     
【展覧会情報】百年の杜のアート「紫幹翠葉」(神宮の杜芸術祝祭)に参加します

2020年、明治神宮の創建100年を記念し開催される、芸術と文化の祭典「神宮の杜芸術祝祭」。このなかのメイン企画の一つである、「百年の杜のアート『紫幹翠葉』」展に参加することになりました。明治神宮の鎮守の杜をテーマに、約30名のアーティストが作品を制作し、展示します。
 
[百年の杜のアート「紫幹翠葉」展]
日時:2020年6月12日(金)~ 9月27日(日)開催延期⇨7/10から開始になりました
会場:明治神宮ミュージアム
 
※新型コロナウイルス感染症拡大のリスクを考慮し、現在会期が延期となっています。最新情報はウェブサイトにてご確認ください。
 
「神宮の杜芸術祝祭」 https://jingu-artfest.jp
「百年の杜のアート『紫幹翠葉』」展 https://jingu-artfest.jp/shikan-
 
 
ちなみに、Google Arts & Culture では、「明治神宮の杜芸術祝祭」のなかの企画「紫幹翠葉展」に参加する作家(約30名)の作品がウェブ上でみれます↓
https://g.co/arts/DuW5QPmYuUZcD65u7

田中のページは↓
https://g.co/arts/qfYP9Qmv5hftfSx77
 
 
 
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(以下、作品制作について思うことなど)

明治神宮の杜は、大正時代に人々の手によって作られた「人口の森」だ。今でこそ、照葉樹が主木の一年を通して深い緑に覆われている杜は、かつては樹木のほとんどない「荒れ地」だったらしい。人々が祈りを捧げるための「永遠の杜」となることを目指して、当時の林学の専門家らが、どんな木をどのように植えていけばよいか考え、この土地に適した形で植林したという。それは、将来的に椎・樫・楠などの照葉樹を主な構成木となるように植えるという方法であった。当時の常識では鎮守の森といえば杉林だったが、代々木の地にはそれが適さないということから、将来的にこの土地に適した照葉樹の森になるように、50年後、100年後、150年後という3段階の過程を想定し計画された(最初に生長の早いマツやヒノキ・サハラなどの針葉樹を植え、徐々に常緑広葉樹を植えてゆき、森自らが世代交代を繰り返すようになる)。
[参考 https://www.meijijingu.or.jp/midokoro/https://www.shibuya-univ.net/report/detail/132/]

この展覧会にお声がけいただいたのが5月5日。通常であれば、現地に取材に行って気になることを探し、それを手掛かりに制作に入るけれど、コロナのことを考えると、いま東京に行くことはやめておこうと自分で決めた。現地に行くことができない中でどのような問題提起ができるのか考えつつ、「森」というキーワードでネットの記事や本を探していたところ、辺野古(沖縄)のサンゴ礁についての記事に目がとまった。そこには「サンゴの森」という言葉が載っていた。埋め立てによってサンゴ礁が破壊されてしまうという問題をこれまでもツイッターなどで知り気にはなっていたが、今までは「埋め立て問題」として関心を持っていて、サンゴそのものについてはあまり考えていなかったことに気づいた。
このことと直接比べることは恣意的すぎるだろうかと自分のなかでまだ疑問はあるけれど、「永遠の杜」となることを願い人々が想いをよせ育まれてきた森と、壊されてしまう森があることって、どういうことなんだろうと気になった。そして、「永遠の杜」の永遠先を想像してみたいとも思った。渋谷の谷は、縄文時代には温暖な海の底だったらしいが、もしこのずっと先の未来に、地球が今よりもずっと暑くなって、代々木台地までも海の底に沈んだら、「永遠の杜」はどんな姿になっているだろうと想像してみたいと思った。神宮の杜は作られた当初から100年を経て、その生態系や景観を変化させてきた。永遠先の杜も、海水や温暖な気候に適応して新しい生態系を築いているかもしれない。その時代ごとの杜の姿に人々は想いを寄せ大切にしてきたのなら、現在とはまったく違う姿となった永遠先の神宮の杜も、きっと未来の人々にとって変わらず大切な場所であるだろうと思う。
今のところ、このようなストーリーをもとに作品を描くつもりでいます。


Date: 06/10/2020 | Category: お知らせ|制作|展示 | Name: Nozomi TANAKA