クマから考える | Nozomi TANAKA クマから考える – Nozomi TANAKA

 

     
クマから考える

熊と人間の関係が気になり始めたのは、2010年(大学3年時)にあった東北文化研究センターの公開講座『今、なぜケモノは里に下りるのか』がきっかけにある。大学入学とともに山形に移り住んで、熊が里や市街地に出没するニュースをよく耳にしていたので、構内に掲示されていたこの公開講座のポスターが目に入ったのだと思う。また、ちょうどその時期に民俗学の講義を受け始めたことで、「暮らし」を考える視点としてのクマにも興味を惹かれた。
自分たちの暮らしを考えることから作品を生み出していきたいと思うようになったのもこの頃で、この公開講座から学んだことが、当時の課題制作に反映されている。
 
 

▲『身土不二』(2010年)※大学の自由課題で制作したもの
 

 
 
 
 
なぜ獣が人里や市街地に下りてくるのか。その理由として、人が里に住まなくなったり農作地を放棄することで、里山が荒廃したり、狩猟・炭焼きなど中山間部を生業にする人々が減少していることが挙げられる。かつて保たれていた<農村(町)ー中間山間部ー奥山>という構造では、獣は奥山ー中間山間部の間を行き来していたが(人間が獣を奥山に追い込んでいた)、人の手が入らなくなることで、中間山間部のストップ機能が失われている。
このような話から、人が住まなくなって荒廃した里山の環境を、動物たち自らが耕して食料を得ているようなイメージを描きたいと思い、『身土不二』という作品を制作した。
 
田口先生の存在もあり、この公開講座だけでなく、芸工大では熊について触れる機会に恵まれていた。希望をすれば、領域の垣根を越えて、フィールドワークにも参加することができた(北秋田の阿仁根子集落や、小国の小玉川集落、マタギサミットなど)。芸術大学でこれだけ熊が身近に学べる環境はないのではないかと思う。
 
 
大学卒業後、就職して仙台に戻ってきてから、”山”や”熊”は、「地域社会」「地域の文化」という言葉の範疇外になっているような感覚を覚えた。多様性や包摂という言葉が扱う範囲があくまで”人”なのは、仙台が都市であるからなのかもしれないし、私自身が勝手に疎外感を感じて、状況を正しく見れていないだけなのかもしれない。
 
今年(2020年)に入ってから自分の置かれている環境が変わり、再び自分のなかで”山”や”熊”が近い存在になった。
仙台でも市街地で熊が出没するニュースが増えたように思う(退職してニュースを見るゆとりができただけなのかもしれないけれど)。
熊の行動は自然環境の変化そのものであるようにも思えるし、人間社会の変化が自然環境に深く影響を与えているという部分で、熊について考えることは、自分たちの暮らしを考えることと繋がっている。
自分が熊に惹かれる理由はそれだけではないと思うけど、しばらく熊について考えていきたい。


Date: 09/28/2020 | Category: クマから考える|メモ | Name: Nozomi TANAKA