《無縁/asylum》(2014)

 

 

『無縁』について

(作成日:2018/01/18)

 かつて日本には、巨大な体制や身分から解放された「自由の場」として、「無縁」「公界(くがい)」「楽」という「場」があったのだという。
「無縁」と聞くと、現代では「無縁仏」などのように、淋しく暗いイメージの強い言葉かもしれない。
この「無縁」という言葉の性格について、歴史学者の網野善彦氏は次のように述べている。

 「もとよりこれも仏教用語であり、『原因、条件、対象のないこと』を意味し、『無縁の慈』といえば、『相手のいかんを問わず、一切平等に救う慈悲心』の意であった」[i]
そして、「多少とも、貧・飢・賎と結びついた暗いイメージ」を伴っていたが、中世期の民衆の中から沸き上がってきた「自由・平和・平等の理想」を表現する、どちらかといえば積極的な意味を持つ言葉であった[ii]
 このような「無縁の場」は、遍歴する芸能民や非人、獅子舞、遊女、医師、陰陽師などの職人といった、独特な世界をもつ人々が集住する場でもあった[iii]
 
 
 私はこの、人々の生死の受け皿となってきた仏教の用語が、民衆の「理想」を託す言葉になりえたこと、そして、人々の「生きづらさ」や「死」に関わる者たちが、「無縁」の場に生き、「無縁」の場から、歌や踊り・文学・美術などの「芸術」を創造してきたことに、何かとても因縁を感じる。
「無縁」という言葉からは、冷たく湿った地面に触れるような淋しさと、「正しい社会」など無いという”現実”を受け入れた、望みを捨てた者の強さのようなものを感じる。
 
 いま、負を背負わされた者や、生きづらさを感じている者たちが、「無縁」の連帯を組んだら、そこからどんな”現実”が生まれるだろうか?

 

 

[i] 網野善彦『無縁・公界・楽』p121,平凡社,1974.
[ii] 同上p122
「無縁」の原理は、世俗の現実や価値を壊していく「世直し」や「一揆」とも関わる。(参考:同上p250)
[iii] 同上p137-139